2022.9.8
ICTを活用したチーム医療で診療の質向上を。(後編)
長崎県にある社会医療法人春回会 井上病院では、YaDocのモニタリング機能を活用し、チーム医療の強化や病診連携の取り組みを行っています。病院でICTを活用することメリットや今後の展望などについて、病院長の吉嶺 裕之先生に伺いました。
前編はこちらからご一読ください。
役割分担して介入することが結果に繋がる
オンラインでのモニタリングや指導は、栄養指導でも役に立つのではないかと思っています。
CPAPを利用している患者さんは肥満の方が多いですし、高血圧・糖尿病を合併していることもしばしばあるため、このような場合は減量のために栄養指導を入れています。具体的には、YaDocの写真記録機能を用いて食事の写真を記録してもらい、その内容をもとに栄養指導を実施しています。このような方法をとってみると、劇的に減量ができる方とそうでない方に分かれる印象がありました。
そこで、食事の写真をきちんと記録している人のグループと、あまり記録がなされていない人のグループに分けて結果を解析してみたところ、きちんと食事の写真を記録している人は、体重が3ヶ月間で5キロぐらい減っている傾向がありました。逆にあまり記録していない人はそれほど体重が減らない傾向であったため、きちんと記録している人たちに対して栄養指導で介入していくと、それなりの効果が出て、あまりしていない人はそれほど上手くいかないのではという仮説を立てています。きちんと記録している方は食事療法に対する関心が高く、食事の変化を管理栄養士から褒められることでやる気がでるため、減量効果が出ているのではないかと考えています。
具体的な介入方法について少し説明しますと、定期的な対面やオンラインの指導に加えて、YaDocのお知らせ機能を使って、患者さんにポジティブなメッセージやちょっとしたアドバイスを頻回に伝えるようにしています。「ちゃんと入力していて素晴らしいですね」とか、「この時間に食べるとちょっと太りやすいかもしれません、比重は朝方に置き換えていきましょうね」とか。通常の指導以上に管理栄養士が介入していきます。
これからはこれまで以上に、病院の多くの職種やメディカルスタッフをうまく活用する事、すなわち「チーム医療」がキーワードとなります。職種によるオンライン診療システムの利用にはルールが必要ですが、使ってはいけないという法律もありません。管理栄養士が、患者さんの記憶に基づいた食事内容や紙媒体の記録に基づいた対面指導のみならず、写真でアップされた日頃の食事記録を元に栄養指導を行うと、すごく良いアウトカムがでるのではないかと考えています。この研究については、データをまとめて学術的な発表を行いたいと考えています。
YaDocが生み出す新しい病診連携
栄養指導を行っていて気づいたのですが、YaDocを活用すると実に面白い医療機関連携ができます。
YaDocの写真記録は、一回入力すると患者さんが望む医療機関にこの写真を見せることが可能です。なぜなら食事写真はPHR(※1)の一つと考えられますので、PHRの情報をどの医療機関に見せるかは患者さんが同意していれば可能だからです。例えば患者Aさんが、B診療所の医師の指示でYaDocをインストールし、体重、血圧、食事の写真などの項目を記録していたとします。AさんがYaDocを導入しているC病院で栄養指導を受けたいと思った場合、C病院がYaDocのこれらの項目にチェックを入れると、それまで記録していた全ての項目を閲覧が可能です。
ふと思いついたアイデアでしたが、日頃から病診連携を行っており最近YaDocを導入された診療所の先生につぶやいた所、「それは良いね。やってみましょう。」ということになりました。ほどなくして紹介されてきた最初の患者さんには、診察室でYaDocの医療機関連携を行っていただきました。私が写真記録にチェックを入れた時、驚きました。数ヶ月に渡って記録された100kgを超える体重の推移、かなりの量の惣菜の写真で、栄養指導のやり甲斐がある症例でした。
管理栄養士がいる診療所は少ないので、生活習慣病の患者さんに対して栄養指導をしたいと思っても、出来ずに困っている先生方がいるのではないかと思っています。
必要な治療を届ける仕組みを作っていきたい
病診連携の流れですが、まずかかりつけの医師のもとで、体重や血圧、食事記録等をYaDocに数か月入力しておいてもらいます。そして、栄養指導を目的として患者さんを紹介してもらっています。
病院には栄養指導のプロである管理栄養士がいますので、その方がこれまでどんな食事をしているかが分かると、すごく指導がしやすいということになります。このように初診の段階で、かかりつけの医師が実施していたモニタリング項目がYaDocに記録されていれば、スムーズな栄養指導ができるのではないかと考えています。
なお、事前にかかりつけの医師とどのような項目を入れていただくか打ち合わせをし、身長体重等の検査所見も全部送ってもらいます。患者さんへYaDocの医療機関連携で井上病院を選んでくださいと伝えてもらい、保険証の写真をアップロードしていただければ、患者さんが来院する前にカルテが出来上がります。当院では、かかりつけの医師から送ってもらった診療情報提供書等をもとに、最初に医師が診察して、管理栄養士への処方箋(指示書)を出し、管理栄養士が対面やオンラインでYaDoc食事記録を参考にしながらアドバイスを実施するスタイルで始めています。最終的には、4ヶ月程度経過したら管理栄養士のコメントを加えて、かかりつけの医師に逆紹介するという流れです。
病院と連携することで、診療所では提供できなかった部分を補完できるので、診療所の医師にとってデメリットはなく、上手くいくと信頼関係も強くなるwin-winのモデルだと思っています。必要な治療を届ける仕組みとして、臨床的に意味のある業務連携だと考えています。まだ実施数が少なく治療効果を言及できる段階ではありませんが、今のところ上手くいっています。
この方法は、診療所でモニタリングしていた患者さんの情報を、YaDocを通してそのまま病院側が利用でき、その治療効果のアウトカムもかかりつけの医師の所に戻せるという、PHR機能を複数の医療機関で活用するというモデルになります。得られた体重の変化などを、診療所側も病院側も見られる状況を継続していけば、ワンクールが終わって1年後に再度診るとなった時も、過去のデータをきちんと確認できます。
栄養指導だけではなく、慢性疾患は数か月単位で治療が終わるものではなく、むしろ3年5年10年と継続していくので、連続したデータが見られることが重要です。ぜひ、長期間連続かつ俯瞰的にデータを見られるような仕組みを、インテグリティ・ヘルスケア社には作っていただきたいと思っています。
オンラインが個別化医療の提供を広げてくれる
自分が食べている食事が何kcalなのか、正確に答えられる人はあまりいないと思います。知らずに食べていると、あっという間に必要なカロリーをオーバーしてしまいます。
知らないことをアドバイスすることによって、その人の食習慣が大きく変わります。正しい知識を学びこれを活用していけば、この知識は一生ものになりますから、高齢者にはもちろん、Y世代やZ世代にもうまく拡げていくことができれば、かなり有用な医療戦略になるのではないかと思っています。まさにこれは個別化医療です。その人の食事を見てアドバイスをしていくわけですから。
令和4年の診療報酬改定で、情報通信機器を用いた場合でも初回から外来栄養食事指導料が算定できるようになりました。病院で自院の患者さんだけを見ていた管理栄養士さんが、外からの依頼を受けた場合にも点数を算定できることが明示されています。
バーチャルの威力はすごくて、理論的には日本各地の診療所と井上病院の管理栄養士さんを繋ぎ、スペシャリストがオンラインで指導することが可能になるのです。まだまだ実験的な段階ですが、僕らの中でも経験値を上げていき、その効果を検証したいと考えています。
今後は、近くのかかりつけの医師より遠くの専門医にかかりたいと考える、専門家志向の患者さんが増えてくるでしょう。患者さんが自分自身で情報を集めるようになっていますので、患者さんからオンラインを求めてくることもでてくるはずです。また、かかりつけの医師から専門医に紹介する際に、データがあればそこから判断することができます。そういう意味で、情報連携やオンラインの重要さはますます増えるのではないでしょうか。
※1:「Personal Health Record」の略で、患者さん自身が収集・管理した医療・健康に関するデータを保存する仕組み
ICTの活用に早くから着目し、多様な取り組みをされている吉嶺先生からお話しを伺いました。 今後も、吉嶺先生のご活動を発信できればと思います。
※YaDocの導入、および臨床における利用は、各医療機関の医師の判断によるものです。
社会医療法人春回会 井上病院 病院長
吉嶺 裕之
長崎大学医学部卒業後、長崎大学熱帯医学研究所臨床部門へ入局。関連病院への出向を経て、平成18年から社会医療法人春回会 井上病院に勤務。平成31年からは同病院の院長を務める。
医療におけるICTの活用に早くから着目し、遠隔モニタリングを用いたチーム医療体制の構築や、月に100件以上のオンライン診療を実施。
長崎県における、ICTを活用した医療提供のシステム構築を考え、実践されている。
専門領域は、呼吸器内科、感染症内科、睡眠呼吸障害、睡眠医療、禁煙診療
【所属学会】
日本内科学会(総合内科専門医・指導医)、日本睡眠学会 (認定医)、遠隔医療委員会委員
日本呼吸器学会(専門医)、日本感染症学会(専門医・指導医、評議員)、ICD (Infection Control Doctor)、日本遠隔医療学会(運営委員)
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